静寂の中で、君を想う。
空からの、空へのラブレター
第4章 祈り
私達は「どんな大人になるか」以前に、大人になれるかなんてわからないのだ。
私達が18歳になれる保証なんてどこにもない。
事実、私は18歳になる前に死んだ。
たくさんの涙を見てきた。
私が死んでからキアラが流した涙。
私が死んでから母や父が流した涙。
私が死んでから私が流した涙。
たくさんの悲しみを見てきた。
キアラの自殺未遂。
母親の自傷行為。
父親の仕事ばかりの生活。
私が死んでから、私達の見ていた「世界」は変わってしまった。
でも、若くして死ぬことは本当に不幸だろうか?
私は私の人生は良いものだと思う。
死んだ今でも、今もその思いは変わらない。
「平均寿命まで生きることが幸せ」
「若くして死ぬことは不幸」
そんな定義は誰によって決められたのだろう?
私にはわからない。
ただ一つだけわかるのは、彼らは彼ら自身の価値観を私達に押し付けているということだ。
実際死んだ人は本当に幸せだったかなんて、その当人にしかわからないのだから...。
そんなことを考えていたら朝になった。
*
「良い朝を」
「おはようございます」
今日も私の仕事は続く。
まず泣いている人を探し、彼らが助けを必要としていたら、封筒と便箋を渡す。
そうして、愛する人に手紙を書くための鉛筆を渡す。
一般的に、若くしてここに来た人はそういった傾向が強い。
私は、ある少年に会った。
彼は2016年の地震で不幸にして亡くなって、彼には姉がいたそうだ。
そして彼の姉はいまなお苦しんでいるという......。
「こんにちは...。」
彼は下を向いて、涙を流しながら私に声をかけた。
「こんにちは。良かったら私が話を聞くよ」
彼は、ゆっくりと話し出した。
あの夜が暗かったこと。たくさん怖い思いをしたこと。
救急車のサイレンが何度も聞こえていたこと。
助けを求める声が聞こえたこと。
その凄惨な話を聞いて、私も泣いてしまった。
なぜなら私が死んだ数日後、ここにたくさんの若い人たちが来たからだ。
彼らは皆その地震の犠牲者のようだ。
なぜ死んだ私がそれを知っているか、それを私の声が届く限りの人に教えよう。
実はこの世界には「生きている人たちの国」の情報を知らせるものがある。
それは、蝶だ。
蝶がこの世界に新聞を持ってくる。
その新聞はイタリア語だけではない。
日本語、英語、韓国語、中国語など、この世界にいる人たちの母語の新聞がすべてそろっている。
だから、この国にはいつも蝶が飛んでいる。
そしてその蝶はたまに「生きている人たちの国」に行って、情報を探したり、もしくは伝えたいメッセージを届けたりする。
だから地上で蝶を見たら、どうか殺さないでほしい。
彼らは生者の国と神の国を繋ぐ大事な存在だからだ。
そして、もし蝶があなたの家の窓辺にいたときには、もうここにはいない人からのメッセージがあるということだ。
本当に伝えたい何かがあるということだ。
だから、せめてその蝶を見たときだけでも、私達のことを思い出してほしい。
しかし、私にはこれを伝える手段がない...。
*
そして彼は言った。
「僕自身の苦しみなんて小さなものなんです。ただ、今も姉が苦しんでいるのを僕は感じています。姉は毎日死にたいと言っているようです。そしてキアラさんという女の子が...姉の自殺未遂を救ってくれたようで、その方に僕はお礼をしたいのですが、僕はもうここにいるので」
「...キアラ?」
「はい、キアラ・バジーリさんという方らしいです。」
「キアラ・バジーリ??彼女は私の妹です......。私が交通事故で死んだときに一緒にいた...。」
「そう!そうです!僕の姉であるラウラはその交通事故の話をしていたようです」
「教えてくれてありがとう。私はここで働いていて、とても忙しいから、キアラが今何をしていたか知らなかった。」
「こちらこそありがとうございます」
そして、私は彼に「手紙」の話をした。
「あなたは55分間で手紙を書くことができる。
あなたは愛する人たったひとりに手紙を書くことができる。」
そう説明した瞬間、彼は泣き崩れた。
「そういうことが実際にできるとは思っていませんでした...。僕はただラウラの幸せを願っているので、ラウラにそれを伝えたいと思っていました」
彼が手紙を書き始めたのを見て、私はここを去った。
*
神の国で心に傷を負った人々を助ける。
それは私に課せられた、キアラのための、そしてさっきの少年のための「使命」だ。
私は生きている間、「なぜ私は生きているのか」と考えていた。
神の国に行くことになったとして、そうしたら地上にいた「私」はどうなるのだろうか?
そもそも神の国など本当に存在するのだろうかと、私は聖書を少しだけ疑っていた。
しかし、神の国は存在した。
ここに存在した。
人々の、心の中に。
私は死んでいる今、「なぜ私は死んでいるのか」と考えている。
つまり、この議論に終わりなどないのだ。
ただ、今になってひとつだけわかることは、私の人生は幸せだったということだ。
なぜなら死ぬ瞬間に「ありがとう」と思えたから。
キアラに出会って、愛する両親に出会って、それだけでも私は幸せだった。
確か昔キアラと、「死ぬ瞬間にありがとうと思える人生を送りたい」という話をしていた。
キアラは今どこで何をしているのだろうか。
ちょっとだけ時間があるから、秘密の場所から見る。
「ねえ、お姉ちゃん」
キアラはそう心の中で言っている。
そう、心の中の声まで聞こえるのだ。この秘密の場所では、お互いの声が聞こえる。
「ねえ、キアラ」
私も心の中で言う。
「私、心理の道で生きることにした。心に傷を負った人を、この世界で助けたいから。」
「キアラ、合格おめでとう」
キアラは泣いていた。
私の声が届いた!
*
タイマーが鳴った。
さっきの少年が手紙を書き終えたという音だった。
私は部屋の扉をノックして、彼のいる部屋に入る。
彼の表情は少し落ち着いているように見えた。
「書き終わりました。」
そう言って彼はその手紙を渡した。
「自己紹介が遅れてしまいました。僕はサンドロと言います。あのフラツィオーネで生まれたわけではなく、ラティーナで生まれています。あのフラツィオーネは僕の第二の故郷なんです。あそこには祖父母がいて、彼らも死んでしまいましたが、彼らもそこで生きていたんです。」
「あの場所は、もしかしたらマリアさんには『地震の被災地』という認識かもしれないですが、僕にとってはかけがえのない場所なんです。たった一つの場所なんです。」
「2009年の地震の被災地も、イタリアの国外ではきっと『地震の被災地』としか見られていないでしょう。僕はそういう見方が嫌いなんです。なぜならその場所は誰かのたったひとつの故郷なのだから。」
「僕の村には135人が住んでいて、その地震の被災者は5万人と言われている。彼らにとってその場所は大切なものなのに...」
彼は泣いていた。
「そして、報道がそれを活発にしました。報道が言ったのは、どれだけその街が地震の被害を受けたかという話だけで、その街の素晴らしい歴史や文化については話しませんでした。だから報道に僕は怒っている。でも僕にはもう怒りを伝える手段さえない。」
その後数分、彼は彼についての話をしてから、「ありがとう」と言って私のそばを離れた。
私はただ彼の話を聞くことしかできなかった。
彼はその痛ましい報道を「秘密の場所」から見たのだろう。
それ以外に私たちが「生きている者の国」の様子を知る方法などないのだ。
死んでいる人たちが生きている世界の様子を知りたいと思うなら、同じく「秘密の場所」に行くだろう。
だから秘密の場所にはいつも人がいっぱいだ。
*
この秘密の場所を、特別に教えてあげよう。
この声が届く限り。
生きている人は、夜、星が見える場所に立って、心の中で叫ぶ。
それはいつも教会で祈る方法と大体同じだ。
そして星を見上げて祈る。
死んだ人には、その声が届く。
ただし、それは「秘密の場所」に行った場合と、もしくはその声がすごく強かった場合に限る。
ただし、祈るときには注意点がある。
「あなたの幸せを祈ります」
その言葉は不要だ。
なぜなら、大概心の傷はその手紙で癒されるからだ。
仮に癒されなくても、神の国は地上よりもずっと平和な場所だ。
武器もない。喧嘩もない。戦争もない。
それをする手段さえもないのだから。
災害もない。事故も事件もない。
ただ、ここにあるのは、愛する人と離れた苦しみだけだ。
「私を見ていてね。必ずこれを乗り越えるから。」
その言葉を聞けるときが、一番の幸せだ。
この世界は、祈りが届く世界だ。
私はここに来てから、改めて感じる。
祈りの届く世界に生まれてよかった。
私は生きていてよかったと、心から思う。