静寂の中で、君を想う。

空からの、空へのラブレター

第1章 涙

― この物語を、「彼女」に。 ―

祈りが届く世界であってほしいと、星が降る夜の空から祈った。

祈りが届く世界になるようにと、別れを抱き締めて祈った。

これは空からのラブレター。一番愛する人へ宛てて書いた心からの手紙。

神様、神の国からのお願いです。

この手紙を、愛する妹に届けてください。

冷たい涙が私の頬を伝っては落ちた。

終わりのない痛み。

途切れることのない涙。

どれだけ泣いたかも、もう分からない。

涙はいつか枯れるというけれど、本当にこの涙は枯れるのだろうか?

もしも涙が雨のように水溜まりを作るなら、とっくに私は溺れているだろう。

私は涙の海に溺れていた。

私は呼吸の苦しさを感じていて、私はどんどんその深海に引きずられていった。

体温がどんどん低下していく。

呼吸が苦しい。息ができない。もう、死ぬのかな。

涙はとても冷たかった。

私は一度死んでいるのにもかかわらず、死への恐怖はここにあった。

冷たくて暗い涙の海。

私が溺れていることに、誰も気づかない。

それは私の心を壊していった。

冷たい海に溺れる。

悲しみの海に溺れる。

私はもう、誰の目にも見えない場所で、ひとりで苦しんでいる。

誰にも気づかれない。

この声は、この叫びは、誰のもとにも届かない。

私は心臓が規則正しく動いている音が聞こえる。

誰もいない場所で、私は助けを求めていた。

私は自分の部屋だった場所にいた。

私はここで、何時間泣いていたのだろうか。

私はここで、何日過ごしていたのだろうか。

時間の感覚さえなくなっていた。

こんな感覚は初めてだった。

体験したことのない痛み、苦しみ、そして悲しさ。

私はその静寂の中でもう一度死ぬのかと覚悟した。

懐かしい香りがした。

私が座っているこのベッドから、微かに妹のキアラの香りがした。

気のせいかもしれない。でも私はそれを確かに感じた。

この部屋は、確かに数日前まで、私の部屋だったのだ。

懐かしい香りが、私にたくさんの思い出をよみがえらせた。

秋が始まったばかりだというのに、とても寒かった。

まるで突然夏が冬に変わったかのようだった。あの日を境に。

そして、外は本当に暗い。今は夜のようだ。

窓からは少しの光さえ漏れない。

夜は永遠に続くように思え、私はこの静寂の重さに押しつぶされそうだった。

私は、いつまでも終わることのない静寂の中にいた。

出口の見えない無音のトンネルに突然放り込まれたような感覚だった。

しかも、あまりにも突然に。

床に座って泣いている自分を見下ろしているような感覚がした。

「大丈夫だよ。私はここにいるよ。」そんな私の声が聞こえた。

その声は私の中で、何度も反響した。

「私は大丈夫だよ......大丈夫だから......。」その声はだんだん小さくなって、やがて消えた。

私が生きていた世界がこんなに悲しいものだとは知らなかった。

私は心から絶望した。

私が死んだのもまた、肌寒い夜だった。

その日は月明かりさえなく、今にも雨が降りそうだった

私は夜が来るたびに思い出す。

楽しかった日々。素晴らしい思い出。

輝いていた日々。忘れられない記憶。

そして、何よりも二人で抱きしめあいながら語り合った夜を、私は忘れることができない。

キアラの温もりを、私は今でも覚えている。

キアラの頬は、やわらかくて、そして私よりもいつも温かかった。

キアラが笑うと私達の家は明るい光に包まれる。

彼女の笑顔よりも素晴らしい笑顔はこの世界にはないと、私は自信をもって言うことができる。

妹はあれから、毎晩一人で泣いている。

私たちがいた、あの部屋で。

もう二度と私達は抱き合うことも、話すことも、彼女の頬にキスすることもできない。

これが最後だと分かっていたなら......。

もしも私があの夜は私達が一緒に過ごせる最後の夜だと分かっていたなら、私は何をしただろう?

いつもよりも強くキアラを抱きしめて、もう二度と離さないくらい強くキアラの手を握っただろう。

でも、もう時間は戻らない。

時間が戻るのなら、私は「伝えたい言葉」がある――。

私は何もできない。妹はすぐそこにいるのに。

「ただいま」

キアラはいつもそう言って私の部屋に入る。

部屋をノックして、そっと部屋の扉を開ける。

今にも泣きそうな瞳をして。

そして学校の課題を机の上に置いたまま、私たちが毎晩一緒にいたベッドに横になる。

課題は、あの日から進んでいないようだった。

もうすぐ季節は夏から秋へと変わる。

もうすぐ新しい学年になるというのに、一日中キアラは布団の中にいる。

食事のときと、愛猫のリナートと遊ぶ時以外は。

冷たい手を握ることも、小さな体を抱きしめることも、ふっくらとした頬にキスをすることも。

誰よりも大切な人なのに、そして、誰よりも守りたかったはずの人なのに。

もしもできるのなら、今すぐにでもその震える肩を抱きしめて、こう言いたかった。

「どんなに離れていても、私はここにいるよ。私はここにいるからね......。」

もしも私の祈りが届くならば、私はキアラの涙を止めてあげたい。

そして、もう一度彼女が笑える日を、私が作りたい。

私が隣にいられたら、どんなにいいのかと、私はこの部屋で毎日のように思う。

妹も部屋を持っていたが、まだ幼かったし、何よりも寂しがりだったから、私たちはずっと一緒にいた。

妹の部屋は物置になっていて、部屋はがらんとしていた。

だから私たちは同じ部屋で、同じベッドで寝ていた。

毎晩、私は妹に素敵な話をしていた。

王子様が貧しい少女を幸せにする話とか、兄弟で空を飛んだ人の話とか。

「私にもあんな王子様が現れないかな」そんなことを妹が言ったある日には、私は「きっと素敵な人が現れるよ!でも、いい子にしてなきゃだめだよ」と言っていた。

私が学校で読んだ本の内容を少しだけアレンジして、妹の寝息が聞こえるまで私は物語を語っていた。

ある夜、私はキアラにこんな話をした。

東アジアの果てにある小さな島国である日本という国で、実際にあったことだ。

ある青年はもうじき結婚するところだった。彼は幸せの絶頂にいた。

彼は電車の運転士だった。

そしてある日突然、なぜか電車の制御が効かなくなり、彼は自ら線路に飛び込んで電車を止めた。

彼は、自分の命を犠牲にして乗客の命を救った。

これは日本に古くから伝わる「塩狩峠」という話だ。

「大切な人を守ろうと思うのは、本能的なものかもしれないね。」

私がその「塩狩峠」という本について話した時、キアラはこう言った。

その時私はこう答えた。

「そうだね、もし私が何かあったら、キアラを守るからね。」

こんな何気ない会話が、今日もできたらいいのに。

そして、これが本当になってしまうなんて。

ロープが胸を締め付けているかのような、終わりのない苦しみ。

このロープが外れることは決してないのだろう、自分で解かない限り。

ただ、私はこのロープの解き方を知らない。

もしも神様が私の苦しみを知っているなら、私からキアラへたった一つの言葉を届けてほしい。

「大好きだよ」と。

もしも何かが変わるのなら、私はもう一度あの日に戻りたい。私はもう一度、愛する人を抱きしめたい。

願うことはたった一つ。あの日の前に戻りたい。それだけだった。

でも、どんなに私が願っても、無駄だった。意味はなかった。

祈りは届かない。願いすら届かない。

もう、過去は変わらない。どんなに願っても。

私はもう家族とは違う場所にいるのだから。

ただ、まだ15歳にも満たない私に、「自分が死んだ」ということが具体的に何を意味するのかはよくわからなかった。

いつか神様が来て、私をもう一度生き返らせてくれるだろうとかすかに信じていた。

私は何も悪いことをしていないのだから、神様はきっと私を生き返らせてくれるはずだ。

私はそう信じていた。

だって、私が毎週日曜日に通った教会で、私は聞いていたから。

「神様は悪いことをした人を地獄に落とすけれど、毎日真剣に祈っていたなら、私たちの祈りを神様は聞いてくださる」

そんなことを私は聞いていたのに。

私は長い夢を見ているだけだ。そして、この夢はいつか終わる。

私がいい子にしていれば、この悪夢はいつか終わる。

そう私は心のどこかで信じていた。

私は妹の12歳の誕生日に死んだ。

その日、私たちは車に乗って郊外の大きなショッピングモールに行った。

特別な日になるはずだったし、素晴らしい日になるだろうと信じていた。

私が流行りの映画を見たいといったから、両親は映画館にも連れて行ってくれた。

父が素敵なネクタイを買いたいといったから、値段が高いいい店にも行った。

母が美味しいパスタを食べたいといったから、一番人気の行列ができるお店に行った。

両親は妹に素敵なプレゼントを渡した。

父からは精巧なドールハウスを、母からはこどもが使うにはもったいないような画材を一式。

そして、私たちの部屋がより華やぐようにと、花柄のカーテンも買ってくれた。

「これで一緒に遊べるね」と、妹は笑っていた。

本当に、綺麗だった。

あんなに綺麗な妹の笑顔を見たことはなかった。

私はもうドールハウスで遊ぶ年ではないけれど、妹が喜んでくれるのが何よりも嬉しかった。

「楽しみだね」私はそう言って笑った。

妹は年の割にドールハウスで遊ぶのが好きだった。

「こんなに精緻なものは、見ているだけで癒される」と、いつか彼女は言っていた。

確かにそのドールハウスは細かいところまで手がこんでいて、実際に遊ばなくても見ているだけで楽しいものだった。

私は車に轢かれて死んだ。正確には、飲酒運転をした車に。

楽しい買い物が終わり、両親は素敵なディナーのために先に帰っていた。

私のお小遣いで可愛いぬいぐるみを買うために、家の近くのおもちゃ屋さんで車を下ろしてもらった。

夕暮れの美しい街だった。私はプレゼントを買い終わると、瞳を輝かせていた妹のもとへ歩いて行った。

そして、手を繋いで慣れた通りを歩いた。

その時だった。突然後ろから車が猛スピードで来て、私を轢いた。

即死だった。

私の身体が空に吸われていくのを私は感じていた。

そして、救急車のサイレンが聞こえていた。

キアラは無事なのだろうか?

私が最後に触れたキアラの肌。

私が最後に抱きしめたキアラの身体。

やわらかな肌のぬくもり。

懐かしい香り。

全てが思い出される。

その間にも私の身体が空に吸われていく。

やめて!そっちには行きたくない。

私の心は私の鼓膜が割れそうなほどの音量で叫んでいた。

私は知っていた。

ここを越えたら、もう二度と愛する人に会えないということを。

意味はないと分かっていても、私は下に向かって手を振った。

キアラに会いたい。

もう一度だけでいいから、最後の日をやり直したい。

抱きしめたい。キスをしたい。ありがとうと伝えたかった。そして私はこう言いたい。

「大丈夫だよ。何かあったら夜の空を見上げて。私はここにいるから。」

そう、いつでも私の心はキアラの隣にある――。

だんだんと私は眠くなってきた。

そっと目を閉じると、キアラとの懐かしい思い出がすべてよみがえってきた。

笑ったこと。泣いたこと。起こったこと。喜んだこと。

それのすべてが、私の胸を締め付けた。

気が付いたら、私は空の上にいた。

雲の下から見える地上は、私たちの街のようにも見え、違うようにも見えた。

空は青く澄んでいた。

いままでキアラと見た空よりもずっと綺麗だった。

「あなたがマリアさんですか?」

誰だか知らない男の人に私は名前を呼ばれた。

彼の瞳は死んでいた。

彼もここにいるということは、彼もいつか死んだのだろう。

「はい、そうです」

「じゃあ、こちらへ」

彼のあとを私は歩いていた。

足音はしなかった。

よく「春の足音がする」などと言うが、それは春が「生きている」からなのだと思う。

死んだ人間には何も残っていないのだ、生きていた証である足音さえも。

私は、本当に死んだ。

それを頭では理解できていても、まだ実感がなかった。

「......すみません、私をここから出してください!私はまだ若いんです。ここに来るべきじゃなかったはずなんです。助けてください。私の愛する妹キアラに会わせてください。」

意味はないと分かっていても、私はその男性の隣で泣いた。

今までこれ以上泣いたことはないと思えるくらいに泣いた。

そして、その男性は私を強く抱き締めてくれた。

「ごめん、本当に申し訳ない。僕も君を地上に帰してあげたい気持ちでいっぱいだ。君は本当に優しいし、綺麗だ。本当にあんな飲酒運転の車に轢かれて死ぬべき人じゃなかった。怖かっただろう。痛かっただろう。でも、残念だけど、これがこの世界のルールなんだ。神様は死ぬべき人を間違えた。」

「......泣いちゃってごめんなさい......。でも、もしあなたにわかるなら、一つだけ質問があるんです。私の妹は無事ですか???私と同じ車に轢かれたんです。私が最後に見たのは恐怖に満ちたキアラの顔で――」

涙が、私の声を遮った。

「君には本当に申し訳ない。僕はそのことさえも知らないんだ。でも、ほかの人にはない、特別な機会を君にあげるよ。ほかの人には内緒にしてね。ちょっと係の人を呼んでくる」

そう言って彼は私の側から立ち去った。足音はしなかった。

「こんにちは、お嬢さん。確かお名前はマリアさんとおっしゃいましたよね。こんにちは。」

「こんにちは、お世話になります。」

「あなたはここで、あなたの人生が5分間にまとめられたビデオを見ることになります。そしてそのあと、一番愛している人に便せん1枚だけ手紙を書くことができます。」

彼はそう言って、ある部屋の扉を開けた。

手紙......。もちろん書く相手は決まっていた。

キアラが無事であるようにと祈りながら、私はその部屋に入った。

「では、楽しんでくださいね。1時間経ったら便箋を回収しにきます。」

彼は私にありふれた一枚の便箋と、桃色の封筒を渡した。

彼が部屋の扉を閉めると、映像が流れだした。

電気が暗くなった。

この暗闇を私は覚えている。私が死んだ日に似ている。

真っ暗な夜。終わらない夜。そして私達のありふれた日常が壊れた夜。

私は、夜が怖い。昔からそうだった。

何かが終わってしまう気がしていた。

それは、本当になった。

私が生まれた日、両親の顔が幸せにあふれていた。

私は小さな街の小さな病院で生まれた。

その街は私の愛する街で、決して大きくはない。

人口は約7万人で、冬には雪が降るほど標高が高い街だった。

でも、その街はとても「強くて優しい」人がたくさん住んでいた。

そしてその日、両親のいた病室は私の泣き声と、みんなの笑顔に包まれた。

母の手を父はずっと握っていた。

母の陣痛はひどかったらしい。それでも、私が生まれたことを文字通り皆が喜んでくれた。

そしてキアラが生まれた。

本当にかわいくて愛らしい瞳をしている。

私もこの時を覚えている。

世界中が一気に明るくなったような気持ちだった。

キアラは私の太陽だった。

キアラという太陽に沿って回る私は向日葵だ。

「マリア、あなたはお姉ちゃんになるのよ」

そう母は言った。

そして映像は瞬く間に終わりを迎える。

突然に、楽しかった日々は終わってしまった。

私が車に轢かれたとき、キアラも片足を巻き込まれていたようだった。

映像の最後で、キアラは病室のベッドで寝ていた。

キアラの綺麗な瞳は涙に染まっていた。

私の名を呼び、彼女は泣いていた。

そしてその震える肩には母の手が置かれていた。

「あなたは、一生右足が動かないかもしれません」

映像の最後で、医者はそう言っていた。

「お姉ちゃん......ごめんね」

キアラは毎日泣いていた。そのたびに母は隣にいた。

父の仕事が忙しくて、父は私が死んでからますます仕事に熱中していた。

「でも、あなたの命が助かったのは奇跡に近いですよ」

医者はそう言って励ましていたが、キアラの涙を拭うことはできなかった。

映像は、そこで途絶えた。

私は二度殺された。

一度目は飲酒運転の車に轢かれて。

二度目は、絶望に。

私は絶望に殺された。

私はキアラを守ることができなかった――。

私は罪悪感で死にそうだった。

死にそうだった、といっても、私はもう死んでいるのだけれど。

なぜ私が死ななければならなかったのだろう?

叶えたい夢もあった。

守りたい人もいた。

そして、何よりもこのありふれた日常が永遠に続くと思っていた。

なぜキアラがあんなに苦しまなければならないのだろう?

彼女の未来は壊れてしまった。

彼女を守るべき人もいた。

そして、この楽しい日々がいつまでも続くと思っていた。

「では、残りの55分間で一枚の手紙を仕上げてくださいね」

アナウンスが流れ、電気がついた。

さっきまでなかった鉛筆と消しゴムが、いつの間にか置かれていた。

私は泣いていた。

キアラの右足が動かないなんて、私は知らなかった。

ごめんね、キアラ。

守ってあげるってあの日約束したのにね。

こんな弱いお姉ちゃんでごめんね。

死んでしまったから、もう二度とお礼もお詫びもできないけれど。

「残り30分です」

無機質な音声が流れてきた。

私は震える手でキアラへの手紙を書いた。

涙が止まらなかった。

愛する人にもう二度と会えないということがこんなに悲しいことだとは思わなかった。

「親愛なるキアラへ」

書きたいことはたくさんあるのに、このA5の便箋にはとても収まりきらない。

言葉が溢れては消えていく。時間がどんどんなくなっていく。

「残り25分です」

音声が流れてきた。

手が震えて、うまく文字が書けない。

便箋が涙で濡れてしまうその前に、私は鉛筆を握った。

「親愛なるキアラへ
14年間の人生の中で一番うれしかったことは、キアラが隣にいてくれたこと。

人生で一番つらかったことは、キアラと離れなければならなかったこと。

本当に大好きだよ。ごめんね、そして、ありがとう。

涙が出るほど悲しい夜は、夜空に輝く星を見上げてね。そこに私はいるから。

そしてどんなに離れていても、私たちは繋がっているからね。

何があっても、ひとりじゃないよ。

いつでも私はキアラの味方だからね。

たくさんの愛をこめて、マリアより」

何度も消しては書いた手紙が、愛する人のもとに届きますように。

私は誰にも気づかれないように十字を切った。

「時間です、もうすぐ係の者が伺います」

アナウンスがしたと思ったらすぐに、部屋をノックする音がした。

「マリアさん、書けた?」

さっきの男性だ。

「うん、あ、はい」

「そういえば僕は君にこの世界の仕組みを説明していなかった。ここは『神の国』と呼ばれる場所で、君は私達の父親のご加護を受けることができる。なぜなら君は善良な人間だったから、さらに『特別なこと』をすることが許されている。君は愛する人に手紙を送ることができる。ただ一度だけね。そして、君のことを一番愛している人も君に手紙をただ一度だけ送ることができる。」

「一番、愛している人......。」

「そう。君のことを一番大事に思っている人が、君のお葬式の時に、手紙を君に渡してくれることになっている。」

「それでは、これがその手紙です。」

私は頑張って思いを桃色の封筒の中に詰め込んだ。

「ところで、君は誰に手紙を書いた?」

「私の愛する妹、キアラです。」

本当に大好きだった妹。私は彼女のことしか考えられなかった。

「そうか、僕はジョバンニという名前の弟がいたんだけど、彼は学校でいじめに遭っているんだ。でも僕は死んでしまった。僕は今でもジョバンニに何もしてあげられなかったことを申し訳なく思っている。だから僕はここで働くことを決めたんだ。誰かと誰かを繋ぐためにね。君が書いた手紙がキアラさんを励ますことができればいいね。」

「そうなんですね......ジョバンニさんのことを私は申し訳なく思います。ところで、あなたのお名前は何ですか?」

「ああ、すまない。僕の名前は、エミリオというんだ。よろしくね、マリアさん。」

「僕は飲酒運転をした車に轢かれて死んだんだ。君と同じだね。僕は今でも考えるんだ。ジョバンニはどんなにつらい思いをしているのだろうってね。そして僕はここにいるから、彼には会えない。君も同じだと思う。愛する人との別れほどつらいものはないから。そしてジョバンニは毎日のように泣いている。僕はその声が聞こえる。そして君も同じだ。キアラさんは毎日君のことを思って泣いているだろうね。でも、君の手紙がきっと彼女を励ますから、大丈夫だよ、心配しないで。」

「もう少し話してもいいかな。ごめんね、こんな暗い話を。」

「ジョバンニはその後自殺したんだ。いじめがひどくなったのと、僕がいなくなったから。もしも僕が彼の隣にいられたなら、彼は死ななくてよかったのかもしれない......。そう思うと本当に悲しいよ。だから君のことはすごくわかるつもりだ」

senza parole

私達の住む国、イタリアには、そんな言葉がある。

直訳は「言葉がない」。

私は今、本当に言葉を失った。

「ところで、エミリオさん、あなたは時間が悲しみを癒すと思いますか?」

私はこれをどうしても聞きたかった。

「僕はそうは思わないな、残念だけど時間は悲しみを癒さない。ただ、それは痛みとともに生きる方法を教えることはできる。」

「痛みと、ともに生きる......それはすごくつらいことだと思います。」

「そうだね。痛みは終わることがない。たとえ何年経っても。事実、ここにいるのはそういう人ばかりだよ。」

「そうなんですね......」

「そうだ、残念ながら」

「そうだ、君の将来の夢は何だったのかな?」

「私の将来の夢は、うーん、何でしょうね。私は死んでしまったからもうわかりません。」

「いや、ちょっと待ってくれ。君は教会で習わなかったのか?『神の国において君のやるべきことは、需要がある限り、君はそれをすることができる』ということを。」

「聞いてはいました......まさかそれが事実だなんて」

「じゃあ、マリアさん、教えてくれるかな。君の将来の夢を。」

「わかりました。私の家はあまり豊かでなかったし、キアラはよく病気をしていたので、私は看護師になって人々を助けたかったです。」

「そうか!君は本当に優しい人だね。君みたいな素晴らしい人が死んでしまったことを僕はとても残念に思うよ。でも、看護師はここでも人手不足だから君はそれをすることができる。だけれども君の身体が元気なように、誰一人としてここでは病気にはならないんだ。なぜなら我らの父が私達を治してくれたから。君もあんなにひどいけがをしたのに痛くないだろう?そういうことなんだ。でも君はキアラさんの死を誰よりも悼んでいる。そういうことなんだ。本当に。その代わり心の傷は癒えない。だから君には、もし君が望むなら、心の傷を癒してほしい。」

「わかりました......」

こうして、私は神の国で、心に傷を負った人を助けることになる。

Scritto da Michela
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