静寂の中で、君を想う。

空からの、空へのラブレター

第2章 静寂

― この物語を、「彼女」に ―

涙が止まらない日々。

私は気づけば一晩中泣いていた。

時間だけがただ流れていって、私はそれに取り残されていった。

まるで時間が私を置き去りにしたように。

あの事故の後、全く動かなくなった右足は、リハビリをしたが無駄だった。

そして左足にも少しだけ不具合があるらしい。

「車椅子での生活になります」と医者は言った。

でも、私は自分の身体がどうなろうとどうでもよかった。

私は、お姉ちゃんにここにいてほしい。

それがどんなに意味のない願いであっても、私はそう願わずにはいられない。

私の左足も動かなくなっても構わない。

私の両手が使えなくなっても構わない。

私の目が見えなくなっても、耳が聞こえなくなってもいい。

だから、もし願いが叶うなら、お姉ちゃんにここにいてほしかった。

祈りが届かない世界だなんて私は知らなかった。

私は教会で習っていた。必ず私たちの祈りは天にいる我らの父が聞いてくれるということを。

そんなの、嘘じゃん......。

私は本当に絶望の波に溺れていた。

寂しいよ......会いたいよ......苦しいよ......。

涙が止まらない。

せめてもう一度だけ、声を聴きたい。

そして私はこう言いたい。

「私は何とか生きているから、どうか心配しないで」と。

愛する人と別れることほどつらいことはない。

それでも、私はこれを乗り越えられるとは思えなかった。

「幸せの絶頂にいる私たちに訪れた絶望」とは、まさにこれのことなのだろう。

こんな日々が永遠に続くと思っていて、私はそれを疑わなかった。

私は12歳で、ファンタジーの世界に生きていた。

その世界が意味のないものであると知った今、私はどうやって生きていけばいいかわからなくなった。

病室のテレビでは、つい最近まで、お姉ちゃんの死の数日前に起きた地震について扱っていたが、もうその話はされなくなった。

その地震で、ある少女が亡くなったことも私はテレビで知った。

彼女の死についての話は、前にお姉ちゃんが教えてくれた本の話に似ていたから、私は彼女とお姉ちゃんのことを思って、病室で一晩中泣いていた日もあった。

そして、時間は過ぎ、メディアは地震のことも、そして彼女の死のことも扱わなくなった。

地元紙はお姉ちゃんが飲酒運転の車に轢かれて死んだことも扱ったけれど、今では誰も何も言わなくなった。

地震の被災者は、そして私たち家族は、こうやって誰かから忘れられていくのだろう。

もちろん、報道をずっとしてほしいとは思っていない。

ただ、「誰かの記憶から消える」ということがこんなに悲しいなんて私は思っていなかった。

以前マザーテレサが、「愛の反対は無関心」と言ったらしい。

それは本当だと思う。

この国から少し離れたところに、シリアと呼ばれる国があるとお姉ちゃんは言っていた。

そこでは内戦が起きている。

そして毎日たくさんの人たちが命を落としている。

それなのに、多くの人は沈黙を続けている。

......こんなことを考えるようになった。

そのきっかけは、全部お姉ちゃんと毎晩語り合ったことだ。

2009年に私達の国で地震が起きたとき、ローマに住む役人は笑ったという話をお姉ちゃんから聞いた。

お姉ちゃんは、学校のパソコンでその記事を見せてくれた。

「なんでこの人は笑ったの?」

私にはわからなかった。

「地震が起きると役人のもとにお金が入る。もちろん間接的にだけれど、そのお金のことを考えてその人は笑ったんだよ」

お姉ちゃんは、そのことを詳しく説明してくれた。

そして一緒に怒った。「この役人が、地震で死ねばよかったのに」と、私達は言っていた。

そんな夜は、お姉ちゃんは、いつもよりも強く私を抱き締めて、こう言ってくれた。

「私は、キアラの側にいるからね」

「そしてキアラに何か悪いことが起きたら、私が朝まで話を聞くからね。私が一番悲しいのは、キアラが泣いてる時だからね、忘れないで」

お姉ちゃんは本当に、何でも知っていた。

私は本当に彼女を尊敬していた。

聞きたいことがあった。

お姉ちゃんは、何を目標に生きていたのだろう。

将来就きたい仕事は何だったのだろう。

今となっては、聞く機会もない。

私は朝から夜まで考えていることがある。

あの日から私がずっと考えていることがある。

「なぜ、お姉ちゃんは、死んじゃったの?」

教会で私は聞いていた。

「死ぬべき人などいない。私達に必要なのは、隣にいる人を愛することだ」と。

そしてお姉ちゃんは言っていた。

「2009年の地震で死んだ人も、交通事故で死んだ人も、世界中で起きている戦争で死んだ人も、その他の人も全部、この世界に必要でない人間なんていないんだよ。」

そしてお姉ちゃんと話をした後は必ず、私の身体を強く抱きしめて、こう言ってくれた。

「大好きだよ」と。

2016年の9月は、もう始まろうとしていた。

私の毎日はこのように進んでいった。

朝目が覚めると病室のカーテンから眩しい光が漏れていることに気付く。

「私の人生」という小説の新しいページが始まる。

そして私の隣に世界で一番愛する人がいないことを思って、気が付けば私は泣いている。

しばらくすると看護師さんが朝の飲み物を運んできてくれる。

毎朝のカプチーノ、それが私の第二の人生の始まりを後押ししてくれている。

そしてそれを涙とともに飲みこむ。

午前中は特にすることがないから、病室の蛍光灯を見つめている。

お姉ちゃんとした会話を思い出して、悲しい気分になっていった。

蛍光灯の光では私の心は照らせなかった。

午前中のうちの半分は、私はいつも泣いているだろう。

誰もいないこの病室の中で。

昼食には必ずパスタと野菜、そしてスープが私を待っている。

食べることだけは私の脳を「生きている」という感覚にさせてくれて、そして少しだけ嫌なことも忘れられる。

ただ、私はあの日から体の半分が死んでしまったように感じている。私には感覚がないのだ。

食べ物の味は、あまりわからなかった。

私が死ねばよかったんだ。

私が死ねばこんなに家庭が壊れてしまうこともなかった。

私が死ねばこんなに誰も苦しまなくて済んだんだ。

あの日、お姉ちゃんの代わりに私が死んでいたなら――。

私は、彼女の不足にこれ以上耐えられそうになかった。

最愛の人が隣にいない現実がこれだけつらいなんて、私は考えたこともなかった。

夜中に看護師さんの目を盗み、この病院から飛び降りよう。

私はいつからか心に決めていた。

そうしたらお姉ちゃんに会えるかもしれない。

少なくともこの苦痛は終わる。

私は死を望んではいなかった。私が望んでいたのは、この苦痛からの解放だった。

ただ「彼女がいない」という事実は絶対に変わることはない。

私がどんなに祈っても、どんなに願っても。

祈りなど届かないということを、私は悟った。

ある夜、私は母の面会時間が終わって帰る時を見計らって、ほふく前進をして、解放への扉までの道のりを歩いた。

幸いなことに私は病棟の高層階にいたため、この窓を開けて飛び降りるだけでよかった。

私を殺したのは彼女の不足ではない。

この世の中への、絶望だ。

さよなら、世界。

私は目を閉じた。

このまま二度と目が覚めなければいいと願いながら。

「やめて!」

その時、誰かが叫んだ。

後ろを振り返っても、誰もいない。

それでも聞き慣れた声だった。お姉ちゃんの声だった。

「私は無事だから!お願い!飛び降りないで!!」

その声は叫んでいた。

それは私の中の声だった。

「va bene. passerà, andrà tutto bene......」

また聞こえたお姉ちゃんの声。

私は泣き叫んだ。

「こんなに苦しいなら、私を殺して!」

その時、看護師さんが私の部屋を訪れた――。

私は絶望した。

またいつもと同じ蛍光灯が、私の目の前にあった。

死ねなかった。

この時に感じた絶望は、いつまでも脳裏に残ると思われた。

気が付けばまた同じ部屋に戻っていた。

夜が怖い。あの夜お姉ちゃんが死んだから。

朝が怖い。また新しい拷問が始まるから。

私も、あの日死んだんだと思う。

そんなある日のことだった。

私のリハビリはもうすぐ終わる、そんなある冬の朝のことだった。

ある一人の男性が私の病室を訪れた。

そのとき母は自宅にいたので、私と彼は二人きりだった。

母は私のもとに来る気力もないようだった。

「おはようございます、キアラさん。調子はどうですか?」

すごく綺麗な声だった。

「はい、なんとか元気にしています」

私は偽りの笑みを浮かべていった。その笑顔は今にも壊れそうだった。

「君、無理しているよ?大変な思いをしてきていることに対して、どう僕は言えばいいかわからない......。僕はエミリオと申します。僕は『神の国と地上を繋ぐ仕事』をしているものです。」

「神の国?お姉ちゃんはそこにいるの?お姉ちゃんはそこに行けたの?」

「はい、もちろん、彼女はとても素晴らしい人間だったからね。」

「君はかなり苦しんでいるようだね。そして、君はかなり無理をしている。辛かっただろうね。苦しかっただろうね。君の苦しみを、誰も理解してくれなかったから。でも、何かあったら必ず、この手紙を開いてほしい。これはマリアさんから、そう、君の姉から受け取ったものだ。」

「......手紙?」

「ところで僕は君に一つの提案をする。聞いてくれないだろうか?」

私は頷いた。

彼が話した内容はこうだった。

エミリオさんのおかげで、マリアは私に「手紙」を書くことができ、その手紙を彼が持っている。

そして君が望むならば、君はマリアに返事を書くことができる。

しかもその手紙は、一度きりしか書くことができない。

そして、制限時間は55分だという。

その制限時間内に手紙が書き終わらないと、エミリオさんは帰ってしまう。

それは彼が非常に多忙である故のことのようだ。

「君はそれを望むかい?」

「もちろんです。」

「では、これはマリアさんが君に書いた手紙だ。この手紙はずっと君のものだ。彼女は一生懸命書いたから、ぜひとも読んでほしい。」

私は彼から渡された桃色の封筒を開けた。

「親愛なるキアラへ

14年間の人生の中で一番うれしかったことは、キアラが隣にいてくれたこと。

人生で一番つらかったことは、キアラと離れなければならなかったこと。

本当に大好きだよ。ごめんね、そして、ありがとう。

涙が出るほど悲しい夜は、夜空に輝く星を見上げてね。そこに私はいるから。

そしてどんなに離れていても、私たちは繋がっているからね。

何があっても、ひとりじゃないよ。

いつでも私はキアラの味方だからね。

たくさんの愛をこめて、マリアより」

「......お姉ちゃんの筆跡だ」

「それはそうだよ、マリアさんが君に宛てて書いた手紙だからね」

涙が止まらなかった。

お姉ちゃんに会えた気がした。

お姉ちゃんの声が聞こえた気がした。

さっそく私はエミリオさんから渡された鉛筆を持った。

「愛するお姉ちゃん、マリアへ」

ここまで書いたところで、私は鉛筆を置いた。

言いたいこと、伝えたいことはこんなにたくさんある。

私に渡されたのは、小さな便箋一枚。

「とっても大好きなお姉ちゃんに会えなくなるのはとても寂しいよ。

私がお姉ちゃんに会いたくなったら、夜の星空を見上げるからね。

いつでも忘れないよ」

ここまで書いたところで、言葉に詰まった。

言いたいこと、伝えたいことはたくさんあるのに。

言葉が出てこない。

涙が止まらない。

お姉ちゃんに会えた気がしたことが、とっても嬉しかったから。

私に「寂しい」という権利はない。

なぜなら、きっとマリアは今頃私を恋しく思っているだろうから。

私は消しゴムで文字を消した。

「愛するお姉ちゃん、マリアへ

痛かっただろうね。苦しかっただろうね。辛かっただろうね。

何もしてあげられなくて、本当にごめんね。

私は教会でこんな話を聞いたよ。

『人は二度死ぬ。心臓が止まった時と、忘れられた時だ』と。

大好きなお姉ちゃんは今も私の心の中で生きているよ。

私は忘れない。だからお姉ちゃんは絶対に死なない。

私は夜の星空を見上げて、いつもお姉ちゃんのことを考えているよ。

抱擁とキスを、キアラより」

「そろそろ時間だから、手紙を僕が預かってもいいかな」

エミリオさんはそう言った。

「はい、本当にありがとうございます」

「ちょっと最後に君に言っておくね。いまのこの世の中は、『インターネット』というものがあるだろう?それを最大限に使って、君は助けを求めたらいい。君がたとえ精神疾患を持っているとしても、君の左手がどれだけ傷ついていたとしても、それは何一つ責めるべきことではない。そして、君はよくここまで耐えてきた。本当につらい日も、君は耐えてきた。誰も見てくれなくても、それを誰も知らなくても、君は本当に頑張っている。助けを求めるのは何も恥ずかしいことではないから。それは弱さの証ではなく、強さを証明するものなのだ。」

「インターネット?でもどうやって?」

「君は知らないの?イタリアでは260万人がうつ病で苦しんでいる。そして1年に4000人が自殺している。だから君は決して一人じゃない。綺麗事に聞こえるかもしれない。君は今にも『嘘だ!』と叫びたいような気持ちになっているかもしれない。ただ、本当に人間は一人ではないんだ。」

「......ありがとうございます」

「もう少し話してもいいかな?君は最愛の人を失ったあの日から、いままでのつらい日々を、一度も死ぬことなく生きてきただろう?それは君がもっと自分を誇りに思っていいことなんだ。どんなにつらい日も、君は生き抜いてきただろう。それを絶対に忘れないでくれ、君は本当に強い人なんだ。」

「......なるほど」

「そしてもう少し言わせてほしい。なぜならあと5分で僕は別の人―本当は企業秘密で言ってはいけないのだけれど、今年の地震で亡くなった方の兄弟の方だ―のところに行かなければいけないからね。例えばFacebookなどには、君と同じ精神疾患で苦しんでいる人たちのための自助グループがあるんだ。そこは君を大いに支えてくれると思うよ。」

「本当に、ありがとうございます。」

「君がどうしても『もうそれに耐えられない』と思ったときには、この手紙を胸の上に置いて、目を閉じて、そしてゆっくり呼吸してね。自殺したいという強い衝動は、たった30分しか続かないことが一般によく知られている。だから君がその30分を耐えることができたなら、君は少しだけ楽になる。」

「あなたは何でも知っているのですね。私はあなたを尊敬します」

マリアのことを考えると今でも胸が痛む。

息ができないほど深い海に溺れているようだ。

誰にも気づかれない。

誰も知らない。私が苦しんでいることを。

そして私はそれをマリアに知られたくない。

お姉ちゃんはきっと悲しむから。

涙が止まらなかった。

悲しくて、苦しくて、つらくて、私の頬を冷たい涙が伝った。

会いたい......

もしひとつだけ願いが叶うなら、マリアを抱きしめたい。

お姉ちゃんに会いたい。

いつもの夜のように、抱きしめあって、頬にキスをして、そんな「当たり前」の日常を送りたい。

「当たり前」というものはない。

「当たり前」と呼ばれるものは実はあっけなく崩れてしまうもので、簡単に壊れてしまうものだ。

そして、私達の前にあったはずの「明日」は、想像よりもずっと脆いものだった。

もしもお姉ちゃんに「明日」があるなら、私は私自身の「明日」さえもいらない。

でも、それはできない。

私はどうやって呼吸をするのかを忘れた。

私はどうすれば食欲が戻るのかわからなかった。

私はどうすれば体にかかる重力を軽減できるのか知らなかった。

私はどうやって生きていけばいいのかわからなくなった。

「キアラ、最近泣いてばかりいるじゃない......退院したらメンタルクリニックに行こうか」

「うん」

お母さんが、私を絶望の海から引き揚げてくれた。

そして、私はうつ病の疑いがあると医師から言われた。

ここからが暗闇の始まりだった。

毎日のように母親は私とマリアを守ってあげられなかったことに対して自分を責めていた。

母親の腕はどんどん赤く染まっていった。

母親は毎晩、泣きながらカッターで腕を切っていた。

父親は仕事とアルコールに依存した。

街の明かりが消えるまで働き、そして終わると必ず家でワインを飲んでいた。

私達の家庭は、壊れてしまった。

お姉ちゃん......

たった5分でいいから、戻ってきてよ......

そして、私たちにこう言って。

お願いだから。

「私のことで心配しないで。大丈夫だから。」

そうしたら私達の家庭はきっと元に戻る。

そうしたら誰もこれ以上苦しまなくて済む。

だから、お姉ちゃん......。お願いだから戻ってきて。

Scritto da Michela
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